シンプルライフ = ミニマリスト(持たない暮らし)なのか?
「シンプルライフ」と聞くと、イメージは「断捨離」「少ないもので暮らす」というイメージを持つ方が多いのではないでしょうか?
むしろ、わたしがそうでした。
実は、1年以上前にシンプルライフ系のブログをだらだらと書きたいなぁと思っていたんですが、
たくさんのモノを手放して、丁寧な暮らしをする。ステキな収納を披露する。
というイメージに押されて、結局書けないでいました。笑
だって、モノは好きですし、便利な生活家電や雑貨も好き。100円ショップも好き。
モノを減らすことにストイックになれない自分と、うまく片付けられない自分がいて、これはシンプルライフを目指すには100年早いわ!(100年後にはいないけど)と思って、ズルズルと過ごしてきました。
便利なモノに囲まれて、自分らしい(家族らしい)ストレスが溜まらない生活ができればいいことに気づく

理想(スッキリした部屋)と現実(ごちゃごちゃな部屋)を目の前に、さまざまな葛藤を繰り広げながら、自分らしいシンプルライフに気づいたきっかけは「食洗機」でした。
ミニマリストの方のブログを見ていると、「長く使える食器を」「丁寧に」「たくさん持たず」「大切に扱う」って感じのイメージがありました。
重曹でつけおきして、さっと手洗いして……
食洗機なんて使えないような、ステキな陶器の器とか、木製のお皿とか使っているイメージ。
たしかに、憧れですよ。わたしだって、カフェのようなワンプレートディッシュに、お気に入りのお茶碗と汁椀で、毎日食事を楽しみたい。それって夢!
だけど、正直、子どもがいたらそんなことは言ってられない。
アンパンマンの食器があるのは当たり前だし、盛り付けなんてしてる暇なく「まんま〜〜〜!」と言われるし、テーブルコーディネートなんてしてる暇ない。
無〜理〜〜〜!
どろっどろに汚れた食器が、流し台に山積み。片づける間も無く、出かけるしたくやお風呂、寝かしつけなど、子育て中は他にやることが多すぎる。
そんで、キッチンに戻ってきて見る食器の山。いいか、それが現実なんだぞ。
ストレスマックス!!!!
たぶん、わたしの中でいちばんストレスが溜まっていたのは、この「食」に関する部分。
食事の準備から後片付けまで考えると、本当に大変で、だけど理想もあって、それがまったく実践できない現実。いつも流しは汚れた食器だらけ…。
「ミニマリスト」という生き方は、憧れではあるものの、自分には合わない。
「食器洗いぐらい手でやれよ!」って声も聞こえてきそうだけど、思い切って食洗機を買った。
結果、家族がみんなラクになった。キッチンも劇的に片付いた!
食洗機を使い始めたら、シンプルライフの入り口の光が見えた!
- つけおき用の「洗い桶」がいらなくなった
- 食洗機で洗える食器しか使わなくなった
- 「水切りラック」が必要なくなった
- いくつも「スポンジ」を使い分けることがなくなった
- 家族がご飯を食べ終わるタイミングが違っても気にならなくなった
- 食洗機が食器を洗ってくれている時間に、他のことができるようになった
食洗機という大きい買い物はしたものの、今まで当たり前に使っていたものが必要なくなるという不思議な事態を目の当たりにしました。
- 流し台を占拠していた洗い桶がなくなる快適さ。
- 水切りラックのスペースを調理台として使える快適さ。
- 使いやすい食器を自然に選別できる快適さ。
- 手で洗うより綺麗になる快適さ。
- 夫婦で「洗い物をしなきゃいけない」から解放された快適さ。
このすべての「快適」が、食洗機のスイッチ1つで解決したわけですよ。すごすぎる。
だからわたしは、
シンプルライフ = 快適なものだけに囲まれた暮らし
というイメージを持つことができました。
「ときめく」とか、「モノを減らす」、とかじゃなの。
「必要か」、「便利か」っていうのが軸。
「この商品を手に入れたら、どんな風に生活が変わる? このモノを手放したら、どんな風な生活が待ってる?」
ってことをイメージして、新しく買ったり、捨てたりするっていう基準ができたような気がします。
そう、だから、過度な断捨離とかはしない。
欲しいものがあったら、十分に考えて買う。結果、モノが増えても生活が快適になればOK。
そして、子育てが優先。
そんなことを考えながら、快適なシンプルライフを目指していきます。